山形大学

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若かりし頃の筆者 小山明夫
山大のコンピュータの変遷
(2008年3月)

 私が学生のときから約30年の月日が流れたわけだが,この間コンピュータの進歩は目を見張るものがあった.ここでは,この30年間を振り返って,山形大学工学部や工業短期大学部のコンピュータがどのように変遷してきたかを不確かな記憶ではあるが概観してみたいと思う. 現在コンピュータは,一人が一台ないしは数台所有する時代になったが,私が学生であった昭和50年前半は,コンピュータ室に大きなコンピュータが一台あり,それを数百人が共同で利用するという形態であった.利用方法としては,タイプライタを使ってプログラムやデータを紙テープまたはカードにパンチし,その後コンピュータを使えるまで順番待ちして利用するというバッチ処理の形態での利用であった.その頃山大で利用できるコンピュータは,工学部内の共同利用機関である計算センター(現在の学術情報基盤セーター) で所有するコンピュータと工業短大の情報工学科で所有するコンピュータだけであった.計算センターに設置されていたのは東芝のTOSBAC-40で情報工学科に設置されていたのが沖電気のOKITAC-4300(現在重文に展示されてある)とOKITAC-4500であったと記憶している.ハードウェアは現在のパソコンと比較すると非常にお粗末なものであったが,値段だけは1000倍くらいしたのだと思う.ソフトウェアは利用できるデータベースやアプリケーションなどはほとんどなかったので,すべて自分で開発する必要があった.FORTRAN,COBOL,アセンブリ言語,時には機械語などの言語を駆使しての開発であった. 若かりし頃の筆者
 昭和50年後半から60年初期になると,情報処理センター(以前の計算センター)には,日本電気のMiclex (Micro Multi Processor),さらに汎用機と呼ばれているACOSが導入された.また,情報工学科には,同じく汎用機である富士通のFACOMが導入された.この頃になるとプログラムの入力媒体は紙テープやカードから8インチのフロッピィディスクに変わっていった.オンラインでプログラムの作成や実行ができるTSS(Time Sharing System)端末が数台だけであるが設置されたのもこの時代であった. 昭和60年代から平成にかけてコンピュータの世界にもダウンサイジングの波が押し寄せ,ワークステーションやスーパーミニコンピュータと呼ばれるものが現れ,TSSも一般的になった.工学部でも情報処理センターがACOSに加えて日本電気のワークステーションEWS-4800を導入した.工業短大は昭和60年で廃止され,工学部にBコースが新設された.このとき同時にA・Bコースに情報工学科が新設されたわけだが,この情報工学科でも新しくData General社のEclipse MV10000というスーパーミニコンピュータを導入した.この時代のプログラムの開発は,60台くらいのTSS端末が1台のコンピュータにシリアル回線で接続され,オンラインでプログラムを開発するという形態で進められた.ただし,1台のコンピュータで60台の端末の面倒を見るということであったので,レスポンスタイムが非常に遅かったように記憶している. 平成も数年過ぎると,ワークステーションも安価になったこともあり,複数台LANで接続し分散処理する形態が一般的になった.この時代には,情報処理センターが富士通のSUN互換のワークステーションS-4やS-7を,電子情報工学科(電気工学科,電子工学科,情報工学科が一緒になった学科)がIBMのワークステーション(20台)やX端末(40台)を導入している.分散処理ということでレスポンスタイムが改善されると期待したのだがネットワークのトラブルが相次いで,思ったように演習が進まなかった思い出がある. その後情報処理センターには,SUNワークステーションの他にパソコンも導入されハイブリッドな利用形態に変わっていった.電子情報工学科もIBMのワークステーションの後にHPのワークステーション(60台)が導入された.この頃になると分散システムも安定してきて,使い勝手も格段に良くなったと記憶している. 情報処理センターはその後学術情報基盤センターと名前を変え,現在もワークステーションの他にWindowsベースのパソコン(100台)がプログラミング演習や研究で利用されている.一方,電子情報工学科は,平成12年に電気電子工学科,情報科学科,応用生命システム工学科という3つの学科に別れた.この3学科を電情系と呼ぶが,電情系にも平成12年にはSUNワークステーション(100台)が導入され,平成19年からはワークステーションからDELLのパソコン(130台)に代わりOSもLinuxとWindowsの2つのOSが入り,切り替えて利用するという形態に変わってきた. 以上,早足で30年間を振り返ってみたが,コンピュータの進歩はまさにドッグイヤーといわれるだけあって,他の技術を凌ぐ速さで進化しているように思う.これから100年後にはどんなコンピュータが現れるのか今は想像もできない.
小山 明夫(こやま あきお)
大学院理工学研究科准教授 情報科学分野

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