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大町竜哉
職員宿舎の思い出
(2008年8月)

  山形大学工学部に赴任した1996年4月より2004年8月までの8年間,私は林泉寺2丁目の職員宿舎に住みました.この木造一軒家の宿舎を下見したとき,一緒に来て下さった三留先生は「他にも宿舎はあるから,もっと新しい所にしたら?」とおっしゃっていましたが,工学部に徒歩5分の近さと,一人暮らしには贅沢すぎる広さから,即決したのでありました.台所の他に6畳間,8畳間,4畳半の3部屋もあった一軒家でしたので,確かに広かったのであります.これは後からわかったことですが,この宿舎は昭和39年に建ったもので,偶然とはいえ,私も同じく昭和39年生まれなのでした.

  当時,入居者補修という仕組みがあり,台所や廊下の内壁の妻板,床板を張り替え,内壁の大部分を塗り替えていただき,大変住みやすくなりました.このとき,工学部管理係の塩野さんには大変お世話になりました.その年の11月には結婚して妻と二人で暮らすことになりましたので,このときの入居者補修がなければ,ひょっとすると妻には逃げられていたかもしれません.管理係の塩野さんには,外壁のすきまから入り込んだスズメバチが巣を作ったりとか,雪の重みで台所の軒先が落ちたりとか,様々な宿舎の困り事でたくさんお世話になりました.

  この宿舎には,私一人の手には余るほどの広い庭があり,その真ん中にみごとなツツジの木がありました.恐らくは,私の前に住まわれていた高梨先生が植えられたものではないかと思いますが,この木は毎年春と秋の二回,きれいな花をつけてくれました(写真1).写真からはやや分かりにくいのですが,背後のコンクリート塀のすきまからモルタル壁の隣家が写っています. 職員宿舎の思い出

  米沢の冬はたいへん厳しく,この宿舎にも雪は等しくやってきました.お正月休みに実家に帰省する前の米沢は,ほとんど雪がなかったのに,戻ると大雪になっていて,車を置く場所を作るために半日雪かきということが毎年のようにありました.宿舎のそばの堀立川沿いの街道には除雪車が通るのですが,その道から宿舎までの引き込み道路は,宿舎の住人が共同で除雪をしていました.除雪とは言え,スノーダンプを使った人力でしたので,雪の多い時期には人一人がようやく通れるくらいの幅にしか除雪できませんでした.宿舎の屋根の雪下ろしも大変な作業でした.慣れない私は,玄関の前にも雪を大量におろしてしまい,後から家に入るために再びそれを掘り起こさねばならなくなったこともしばしばありました(写真2).この写真に写っている子どもの後ろのすぐ左に我が家の玄関があります.すぐお隣りの皆川先生宅は雪が高くて見えなくなっています.

  林泉寺の同じ区画には同じように木造の一軒家の宿舎が9棟と,モルタルの外壁の宿舎が3棟の合計12棟があり,私が入居したころは,ほぼ全ての宿舎に入居者がおりましたが,単身で住まっていた事務職員の方々も次第に少なくなり,2004年に私が出た後はわずか3棟に入居者があるのみとなっていました.お隣の五色寮に続いて,この宿舎も今年2008年には廃止になると聞いています.

大町 竜哉(おおまち たつや)
機械システム工学科 准教授

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