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新関久一
米沢釣魚迷
(2009年9月)


 国土地理院発行5万分の1地形図「米沢」を広げると,市街地に向かって,東から羽黒川,中央部を松川,西から大樽川,綱木川,小樽川が流れている。三十路を過ぎてから川釣りに入れ込むようになっていた私は,飯豊や小国など置賜地方にえも言われぬ魅力を感じていた。それは置賜盆地の美しい原風景というよりも,そこを流れる渓流や自然の濃密な気配の中に人跡を断って身を置けるという期待感だった。私は山形生まれだが置賜地方を探ったことがなかった。工学部に赴任した90年,生活が落ち着いてから早速地形図を手に入れ眺めた。地図はたくましい想像力を掻き立ててくれる。地図記号を頼りに川の蛇行や傾斜,民家との離れ具合,両岸の切り立ち具合,入渓のし易さなど想像しながら遡行する場所を探す。
 工学部に赴任した年の夏,ふたりの息子がまだ小学生と幼稚園だった頃,夏の暑い日で新潟の海に海水浴に連れて行った帰りであった。山形県境にほど近い荒川の広い流れが目にとまった。十三峠でいう鷹巣峠付近である。車で川岸近くまで降りて竿を振ってみた。川幅は50mはあろうかという大川である。もちろんウェーダーなどは準備していなかったため岸から毛鉤を振り込んだ。夕まづめに鮠が何尾か釣れた後,流される毛鉤を凝視していると,かすかな頼りないモジリが見え毛鉤がスーっと消えた。すかさず竿をあおる。手元にどっしりとした重みが伝わってくる。魚が水面を破って跳ね上がった。リールはうなり糸が走り出る。何回か伸されて手繰り寄せたときには魚は美しい虹色の横腹を見せて喘いでいた。40cmを超える雄の鱒だった。ほどなくして同じサイズの雌の鱒が来た。その後何回かこの場所に通ったが,それ以降,全く釣れなかった。この場所は数年前には河原が消え,ダム湖となって沈んでしまった。これを機に米沢近郊の川という川へはほとんど出かけた。松川には鉱毒のため魚が住まないことを知った。松川以外どの川にもその川の容色があり,豁々と流れる川のほとりにいると心に溜まった俗塵が洗われ,仕事の疲れを忘れた。しかしいまだかつてあの時の鱒を超える魚は釣れていない。

 米沢に住んで18年が過ぎた。川の風景も変わったように思える。この20年近くに米沢南陽道路(1997年11月供用)や大峠トンネル(1992年8月一部供用開始)などの道路網の整備で県外から多く釣人が訪れるようになった気がする。川を大きく変貌させるのはダムや護岸工事である。米沢には2つのダムがある。水窪ダム(1982年完成)と綱木川ダム(2006年完成)である。いずれも利水が中心の多目的ダムである。綱木川ダムは1984年に事業がスタートして事業完成まで20年ほどの歳月がかかった。もともとは米沢南陽地域の人口増加によって水窪ダムだけの利水では間に合わなくなったため計画されたそうである(人口が増えているとはとても思えないのだけれど)。90年に米沢に来たときはダムが建設中だとは全く知らなかった。やがて川上流に巨大なコンクリート塀が現れ,上流部は護岸され渓相が一変した。地球温暖化という理由もあるのかもしれないが,どの河川も水量が減り,魚がいなくなったような気がする。このダムが本当に必要だったのかどうか50年後に聞いてみたい気がする。
 このところ新聞・テレビの報道では群馬県の八ツ場ダム建設中止が話題になっている。このダムも当時は水不足を解消することが目的だった。計画が持ち上がったのは昭和27年というから実に半世紀以上も前のことである。当時と比べれば経済成長の低迷や工場の海外進出等により工業用水の需要は激減している。国の減反政策によって農業用水の水源確保もあまり必要性が高いとは言えないだろう。人口も2005年をピークに減少に転じており,2100年の総人口は現在の半分にまで減少すると指摘されている。となれば新たな上水道確保は必要ないわけである。建設推進側は水余りの指摘を受け,流域住民の生命・財産を守るためという治水目的に建設理由をすり替えてきている。ダムができ護岸工事が施され,工場や生活の排水が流入し,あるところでは魚や川の生物が絶滅していく。川はただ水が流れていればよいというものではないだろう。公害の例を出すまでもなく最終的には人の安全のため,川の汚染を防ぎ,思慮のない河川の改造に反対するのである。八ツ場ダムも作ると決めたのならば集中的に取り組んで工期を短縮することはできなかったのだろうか。止めるとなればこれまでにつぎ込んだ費用は全くムダになってしまう。今となっては自然を顧みない開発が一方的に進められてきた悲しい現実が残るだけである。

 ところで,釣りには実践だけでなく本を読む楽しみもある。釣りの本には技術的なものや場所案内のものの他に,釣り随筆,釣り文学といったものもある。随筆本を読んでいると,その執筆者は例えば古くは幸田露伴,井伏鱒二,室生朝子(犀星の長女),児玉誉士夫,西園寺公一,開高健,三遊亭金馬,桂歌丸など,釣り愛好家ばかりでなく文学者,政治家,実業家,小説家,落語家など多彩な面々であることに感心する。「釣魚迷」は政治家だった西園寺公一が書いた釣り随筆集のタイトルである。先輩諸兄の中にも釣魚迷がいるのではないだろうか。工学部100周年を機に,本を片手に列車に揺られ,米沢周辺の河川を”訪釣”するというのもまた楽しみの一つではないかと思う。最近は自然が壊されてきているとは云うものの,四季折々の豊かな表情を見せる米沢の風景を釣るのもまた格別かと思う。

新関 久一(にいぜき きゅういち)
理工学研究科教授 応用生命システム工学分野

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