山形大学

画像JNTS

 
トップページ
ごあいさつ
部会委員名簿
今月の話題
百年史部会議事録
資料ダウンロード
リンク
メンバーログイン


片山政弘
本館(現重要文化財)の思い出
(2010年2月)


  私が山形大学工業短期大学部に就職したのは、昭和46年4月1日でした。事務棟は本館(現重要文化財)であり、短期大学部の事務室(総務係、学務係)は本館の西側にあった。最初は、2係一緒の部屋であったが同年の9月頃に学務係が廊下を挟んだ一番西北側(理科教室の向かい)に移った。冷房設備はなかったが、天井が高く木造で西北側で直射日光が当たらないために、他の事務室に比べれば多少涼しかった記憶がある。また、暖房は石油ストーブで、15時頃に空のポリタンク(18L)を持って灯油を貯蔵庫に貰いに行くのが日課であり、灯油貯蔵庫は、一旦外に出なければならず吹雪の日は大変であった。これも良い思い出です。

  事務室は、正面玄関を入って左に守衛室、廊下を挟んで米沢工業会、その左隣に電話交換室、休憩室(?)、学生・厚生係、突き当たりに保健室があった。右側は、事務長室、廊下を挟んで会計係・管理係、右隣に庶務係、学部長室、工短の主事室、総務係、廊下を挟んで学務係という順に並んでいたと記憶している。

  当時、米沢市は普通の年で1メートル以上の積雪があり、私も雪の多い白鷹町の出身であったが、さすがは米沢と思ったものでした。(1週間くらい雪解けが遅かった)また、教職員総出で構内建物の雪下ろしもあり、さらに、構内には特に決まった駐車場はなく、冬には自分の除雪した駐車スペースに名前を書いた看板を立て、他の人が駐車しないようにしていたように思います。自動車通勤も大変だったと思います。

  卒業式は講堂(今は無い)で行っており、卒業記念写真は本館前に雪でひな壇(3月末でも十分な雪があった。)を造り撮影を行っていたことも懐かしい思い出です。

  その後、昭和55年4月1日に現在の事務棟に引っ越し、私の本館での業務は9年間で終わり、2年後の昭和57年4月1日付で小白川キャンパス勤務(その間飯田キャンパス、鶴岡高専)を経て、平成20年10月1日付けで26年半振りに米沢に戻ってくることができました。 

 その当時を知る人は少なくなり、寂しい限りですが、今も昔も変わらず、本館は重要文化財としてその美しい姿で、私たちを見守ってくれています。

片山 政弘(かたやま まさひろ)
学生サポートチーム
学生・就職支援担当

当サイト内に掲載の記事・写真・資料・データ等の無断転載・無断複製を禁止します.
Copyright (C) Yamagata University. Faculty of Engineering. All rights reserved.