山形大学

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粟野宏
第二板谷峠トンネル立て坑遺構
〜米沢の近代化の語り部〜
(2010年12月)


 「峠」。山国に生まれ育った人間は、その漢字に特別な思いをもっています。
 「峠」は国字だそうですから、いわば和製漢字です。「山」において「上」りと「下」りとが境する場所。
私は、とある国際会議で、その漢字の構造を説明したことがあります。
 盆地に暮らす私たちは、無数の峠に囲まれています。人もモノも文化も、峠を越えて山の向こうから運ばれてきます。
 そうした普通名詞の「峠」をそのまま固有の名にしてしまった駅があります。
 江戸時代に米沢藩主が通った峠が板谷峠ですが、その下をいまは奥羽本線がくぐっているわけです。便宜上「板谷峠を越える」とはいいますが。
 板谷峠をくぐるトンネルは、下り線が、1899年(明治32年)開業以来の第二板谷峠トンネル(全長1629メートル)、上り線が、1971年の複線化により使われるようになった板谷峠トンネルの2本です。
 ご存じのように、それらの出口に「峠」駅は位置しています。

 第二板谷峠トンネルは、開業当時、正式には「十六號隧道」、通称「板谷峠大隧道」といいました。なにしろ開通時は国内最長のトンネルだったそうです(まもなく中央線の笹子隧道や小仏隧道にその座を明け渡すことになりますが)。
 奥羽線の建設はもちろん難工事でしたが、それを物語るのが第二板谷峠トンネルの立て坑遺構です。

 それは知る人ぞ知るというもので、その存在は知っていても間近に見たことのある方は少ないのではないかと思います。私がはじめてそれを見たのは、奥羽線開通100周年を控えた1999年5月初旬のことでした。新緑以降の夏場だったら、おそらく見つけることはできなかっただろうと思います。
 奥羽線の建設工事に携わった工学士の小城 齊は次のように報告しています。
煉瓦造の煙突
 ひとり板谷峠大隧道は、その延長5343フィート(1629メートル)にわたるといえども、地質良好なりしをもって、予期をたがえず竣工せり。岩質はタフブレキシャにして、掘削に甚だしき困難を見ずといえども、両口あい隔たること遠くして、導坑のいよいよ進入するにしたがい空気欠乏し、施工上すこぶる困難なるのみならず、進捗遅延するおそれあるをもって、西口よりおよそ2244フィート(684.0メートル)なる山腹の凹所に、深さ300フィート(91.4メートル)(縦12フィート(3.7メートル)、横9フィート(2.7メートル))の竪穴を設け、それより東西に向かいて掘入し、坑内汚気の排除は、坑口に炉を設け火勢によりて吸出するの装置を施し、工夫の動作を助けたり。また、東西本口にありては、普通の唐箕を改良し、もって送風の器に充たして、汚気の排除すこぶる容易にして、導坑の進工は意外に良く、竪坑より掘削せるものはわずかに700余フィート(200余メートル)にして、着手以来1か年を経て、全坑の貫通を見るに至れり。
(小城 齊「奥註s米澤間の鐵道」『帝國鐵道協會々報』第1巻第4號(1899)、原文の表記は漢字カナ書きで句読点がありませんが、読みやすくするため表記を改めました。)

 このトンネルは東西の坑口のほか、深さ約90メートルの巨大な立て坑を掘ってつくられたというのです。その遺構が煙突となって今日も残っています。
 峠駅から板谷峠を経て板谷駅に通じる道路を行くと(徒歩でも20分ほど)、右の山側の谷あい約100メートル先に、煉瓦造の1本の煙突が立っています。この煙突こそ、下を通る第二板谷峠トンネルに通じている立て坑遺構です。その本体は、102段に積まれた煉瓦からなり、外周7.2メートル、直径2.3メートル、高さ6.6メートルの円柱状です。開業後も、蒸気機関車の時代、この煙突は排煙用として活躍していました。
 当時の土木技術のもとで、この鉄道の建設がいかに難工事であったか。煙突(立て坑遺構)は、それを物語る珍しい技術記念物だと思います。
米沢の本格的な近代化は、この立て坑遺構が物語る奥羽線開通をもってはじまったというべきでしょう。米沢高等工業学校の前史も、そうした近代化のもとではじまりました。

 私は、今年の夏、梅雨入り前のことでしたが、米沢市教育委員会の車に乗せていただいて、大沢駅から板谷駅にかけてのスイッチバック遺構など、鉄道遺産群を視察してまわる機会に恵まれました。
 煉瓦造の立て坑遺構も健在でした。私にとっては、2000年夏、実測に出かけて以来10年ぶりの“再会”でした。蔓を伸ばしていたツタが、10年分の春秋を映しているようでした。

粟野 宏(あわの ひろし)
大学院理工学研究科助教(有機デバイス工学分野)・附属博物館学芸研究員
産業考古学会評議員・国際記念物遺跡会議(ICOMOS)日本委員会委員

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